道東湿原のヤチマナコと蛇行する原野の流れ
「アメマスとヒグマの森」
東京ロッド&ガンクラブ 田中 秀人
ここは北海道、釧路湿原のさらに東。
11月初旬、晩秋~初冬の旅。
湿原の落とし穴『ヤチ マナコ』の原野にて。
ウォー ターべッドのようなタプタプした水草カーペットの上を歩いていると
突然腰あたりまではまり込む。その底はズブズブと底なし沼のように泥炭が足を取り、湿原への侵入者を引きずり込んでゆく。それが湿原のヤチナマコ。
この夏は台風が3つもあの北の大地を襲い、道東の湿原河川も氾濫してまわりの湿地はいつもの秋よりたっぷりと水を含んでいる。
草をかき分け、笹薮を越え、ぬかるんだ湿地を進み、小川を渡り、湿原の流れを蛇行しながら遡行する。同行する若い衆の万歩計アプリは2万歩を毎日超えている。
早朝は氷点下になる湿原を、相当早いピッチでピンスポットを打ちながら移動する。
ヤチマナコの罠におびえながら・・・。
エントリー箇所は街道にかかる橋からであるが、
そこから永遠に遡行してタイムリミットになると
競歩並みの速足で元来た湿原を引き返すのである。
日が暮れると獣の時間になる。
行きはよいよい、帰りはこわい・・・
ヤチナマコにはまる。
同行者の手を借りてなんとか引きずり出してもらう。
一人だったら熊の襲来を待つのみだろうか。
実際この釣行でもヒグマに遭遇した。
森の中でガンをつけながら、消えていったブラウンベアー・・・。
その至近距離30m・・・
あの森で地元のハンターは昨シーズン15頭のヒグマを仕留めたらしい。
いわゆるハンターが通うヒグマの巣なのである。
いたるところに痕跡・・・絶句。
湿原の森とヤサは原野の一軒家。
地元のスペシャリストたちに合流して強化合宿の始まりである。
何が合宿かって?
男を磨く合宿であります。
先ずは夜の部。夜な夜な飲み倒す。
4晩の酒盛りは夕方スタートして終了は、
早くて夜中の1時、最長は未明の4時まで・・・
(僕は2時でアウトしたが・・・)
そして4日間のハードな釣り。
飲んで寝不足でさらに湿原の悪路を毎日2万歩・・・・。
釣りは恐ろしくテクニカル。
無理な体勢から360度ロッドを振り抜き、ピンポイントに障害物を避けて壁際ぎりぎりにタイトにストラクチャー狙いのキャストが続く。
ゴンゴンに流木や倒木が複雑に絡み合い、
さらにしっかりと沈めないとやつらは出てこないと言うシビアな状況。
デカイやつがかかっても、フルロックで抑え込まなければ主導権を取られ、
ラインブレイク必至。
時には沈めて引いてアピールできる距離が1mも無いスポットが続くのである。
不慣れな湿原の遡行を支える体力。
超難易度の高いキャストとストラクチャーゴンゴンのファイトを制するスキル。
まずはこの釣りに参加できるかどうかのハードルはかなり高い。
究極のテクニカルなスタイル。
まずはそのテクニックのレベルにあるのか?ついてこられるのか?
参加するアングラーを選ぶハイレベルのスタイルが存在する。
そしてもう一つ付け加えよう・・・酒に強いかである。
メインのターゲットはアメマス。
それも60cmを超えるランカークラス。
さらに70オーバーが潜み、それ以上のデカイやつも上がるらしい。
この4日間、数は結構出た。
サイズは30cmから40cmがほとんどだが、良型の50UPや
今回の最大級60UPが混じり、案内人の70アップのバラシもあった。
それでも状況がシビアで食いが渋い、サイズが小さい・・・
と地元のスペシャリストは口にする。
凄まじいパラダイスがここには存在する。
フラフラになりながら手にしたあの原野のネイティブたち。
美しく初冬の濃い色に染まったアメマス。
ディープな紫色が複雑な反射を見せて、万華鏡のようにアングラーを引き込んでゆく。
キャンバスにも描き切れないこの自然の宝光は、
この湿原に立つ者のみが得られる特権なのである。
倒木とディープエリアへのアプローチで、
ミノーのトレブルフック2本が邪魔になる。
フックをシングルにする。それでもロストの嵐。
課題は山積み・・・。
ここで、地元のアングラーが操る、
肉厚でスッと沈み短い距離でも立ち上がりの良いシングルフックのスプーンが
必然性と共に決定的な威力を発揮していた。
小さいスポットでもポンポンとアメマスをヒットさせていく道東のアングラーたち。
だからあのスプーンなのか・・・納得のウェポンである。
さて僕はミノーだ。
サンレアルの新作 アリ60と70のHタイプ。
UHより軽く、立ち上がりが良く、
アップでもスローでも止水でも使いやすいのがコンセプト。
7cmで15g、6cmで11gが今回のプロトタイプの設定。
この湿原で、これが上手くハマった。
スッと沈みスッと立ち上がりブルッとローリンウォブで誘う。
4日間で50匹ほどゲットした半分は今回のアリHの活躍であった。
後の半分は弾不足でロストしてUHや他のシンキングミノーで対応したが
スッと沈むスッと立ち上がるコンセプトをさらにブラッシュアップする必然性を実感した。
それほどスーパーテクニカルな釣行であった。
状況によりフック設定の必要性と、さらなるミノー進化のヒントを沢山もらった濃密な旅。
アリの60と70のHは課題ができたのでもうすこし改良したい。
半端な完成でのリリースはしたくないので、少し時間を頂きたい。
今回お世話になった北海道のルアーメーカー
ノーザンライツの春日さんと友人たちに大変お世話になった。
感謝感謝であります。
あり得ないハイテクニックと、状況判断、難敵の攻略と緻密で繊細なタクティクス。
道東の懐の深さと、無限の可能性。まだまだ学ぶことが多い。
そして計り知れない魔物が潜むあの原野の果てに、
未だ見ぬ巨大なモンスターたちが深みに集い、
ヒソヒソ話しが今日も続いているのである。
太古の時代に引きずり込まれ、心はあの湿原に置いてきた。
必ず戻ると誓ったあの原野の蛇行する原始の川。
もうすでに、巨大な主が僕の脳裏を泳いでいる。
一人道東をさまよった3日間、合宿の4日間。
出会った100匹のアメマスたち。
50cmで良型、61cmが最大。
濃密な道東と僕との関係である。
後日 同行した地元のアングラーからメールが入る。
「また いっぱい歩きましょう。」
そう、あの釣りは歩いて歩いて。
歩けば歩くほどデカいのに出会える可能性が高まるのである。
ひと冬、体を鍛えて仕切り直しだ。
ペンを執っても、ヤチナマコに足を取られ、
すでに汗ばみ、体から湯気が立ち上るのである。(続く・・・)
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